本名
（サチェル＝アリエッタ・ビリジアン・ファーネリア）
■ファーネリアと巫女信仰■
サチェルの出身地、ファーネリアは、代々巫女が政を行っている。（巫女は世襲制）
護り人という巫女を護るための特別な人たちもいる。
巫女は、もっとも力の強まる歳に、護り人の一族から最も力のある者を伴侶として迎える。
そして次世代へ、力のある巫女を残していくという掟がある。
当然、巫女には選ばれた伴侶を拒否する事は出来ない。

★巫女即位式★
即位式は、ファーネリアの者達が全員集まる。
（即位後すぐ、巫女が交代する訳ではない）
先代巫女、現巫女、そして新巫女がそろい、先代と巫女が新巫女を迎える。
即位式とほぼ同期間に、護り人も新たな者達が迎えられる。

☆出会い☆
いつでもつきまとう巫女という肩書き。
一族始まって以来の力を持つと言われ、目付、乳母と…身の回りに人が溢れる。
一瞬でも逃げ出したくて、どうしても一人になりたくて、
夜、やぐらを抜け出した。
近くの湖畔へ。
水浴びを済ませ、濡れた服のまま舞う。
しゃん……しゃん……
月灯りにてらされ、舞を舞う。
ガサッ…
音の方へ振り返ると。
そこには、少年が立っていた。

★束の間の逢瀬★
　それから２人の密会は始まった…
　少女は度々、宿舎を抜け出すようになり、少年も湖畔への散歩が日課となった。
　少女は少年の口から紡がれる、まだ見ぬ外の世界の話に興味を惹かれ…、
　少年は話を興味深そうに聞き入る少女の表情に目が離せなくなる…。
　だが…、その時間も永くは続かなかった…

★夢の終わり…★
　ある夜、いつものように宿舎を抜け出そうとする少女…。
　「どこへ行かれるのです？」　
　不意に暗闇から声がかかる。
　驚いた少女が振り向くと、そこには侍女が立っていた…。
　「お願いじゃ、行かないと…」　
　はっとして言葉を飲み込む少女。
　「行かないと？　行かないとどうなるのです？」
　侍女は問う。
　「なんでもない…」
　沈黙する少女。
　その日より、少女が湖畔に現れることはなくなった…。

☆選定の日☆
　代々、巫女には守り人がつく決まりになっていた。
　少女が巫女になる事が決まれば、それに伴って守り人も決まる事になる。
　巫女は大地を駈ける風の眷属であり、風を操る。
　そして、守り人は地の眷属。風を護り、運ぶ役目である。
　選定の日が近づき猛者達が名乗りを上げていくが、少女が望む姿は見る事が出来なかった。

――――　そして１０年の歳月が流れ、一人の青年が護り人の門を叩く…　――――

★異端者★
　それは異例の抜擢だった。
　本来、精霊の声が聞こえぬ者に護り人の資格は与えられることはなかった。
　護り人の長の強い推薦により、青年は護り人となったが周囲の視線は彼に優しくはなかった。
　「どんな手を使って長に取り入ったんだ。」
　同僚達の風当たりは強かった…。
　中には好意的な声をかけてくれる者もあったが、大半は遠巻きに冷たい視線を投げかけるだけであった…。

★仮面の再会★
　そんなある日、１０数年ぶりで２人は再会する…
　巫女の間へ続く回廊の当番で、立ち番をしていたときのことである。
　奥の巫女の間より侍女に付き添われ、あの頃の面影を残しつつも美しく成長した少女が現れた。
　どくん……１０数年ぶりに自分の胸の中で心の臓が高鳴った…。
　やがて、青年の前まで来た巫女は、青年の姿を認め表情を輝かす。
　「バ…」
　「巫女様には、本日もご機嫌麗しく。」
　彼女の声を遮ったのは、他ならぬ青年の声であった。
　見る間に少女の表情が翳る…
　「ゆ、行くぞ」　そう言うと少女は足早に去っていった…。

☆婚姻の儀☆
　「――――　婚姻…とは…」
　唐突な話だった。
　望まない婚姻なのに、自分の意見は通らない。
　聞き入れられない言葉に、少女はたまらず部屋を飛び出した。
　走って、走って、青年の部屋へと向かった。
　息を切らせたまま、扉をノックする。　
　「……！　あ……リ…エッタ？」
　「やっと、その名で呼んでくれたのじゃ。」
　青年の声に、少女の表情がぱっと明るくなる。
　「い、いけませぬ。　このような処へ参られるとは。」
　「わらわは、嫌なのじゃ。　あのような『おのこ』とは契りとうない。」
　彼女が言うには、婚姻の儀の相手は護り人の中でも１、２を争う実力者だが性格に難のある男であった。
　そして、何より男はエルフにはかけ離れた容貌をしていた…。
　「わらわには、おぬししか頼れる者がおらぬのじゃ。」
　「しかし、一族の掟は絶対であることは、あなたもご存知のはず…。」
　「おぬしはわらわが、あのような『おのこ』と一緒になってもよいと申すのか。　わらわのことが嫌いになってしまったのか。」
　叫ぶ少女の声には涙が混じっていた。
　「………………………………………。」
　重い沈黙の中、少女のすすり泣く声のみが響く。
　「もうよい、あの『おのこ』と契るくらいであれば、わらわはここで命を絶つ！」
　少女は叫ぶと、懐中より短刀を取り出し自刃を試みる。
　「………ぐっ……」
　「ば…ルド…あぁ…」
　短刀の刃が少女に突き立つ刹那、青年の手が刃を掴む。
　ぽたり……ぽたり……　刃を伝い赤い液体が床に落ちる。
　「……アリエッタ…、君を護るために護り人になったのに、それが君を苦しめていたんだね…。」
　青年の口調が、過ぎ去りし日のものになる。
　「……一族を棄てよう。　例えこの身がどうなろうとも君を護ってみせる。」

――――　翌朝、巫女が姿を消したことで騒然となる集落に青年の姿はなかった…　――――