自分が、何も知らなくて、只　幸せだったあの頃。

自分の周りには母が居て、父が居て、そして、妹が居て。

思えば、自分は少し夢見がちな子供だったと思う。

いつか人はやがて、自分の道の選ぶ時が来る。

そして、やがて、知らぬ間に。考える間もなく、私は、その道を選んだ。

「子供か、ここで、何をしている」

「………わかんない。何をすれば良いのか、わかんないんだ…」

「家族は、どうした。」

「…もう、居ないよ、父さんも、母さんも、妹も…みんな…みんなっ…！」

嗚咽を抑えようとしたのに停まらなかった。
もう、涙は流したはずなのに。

「…お前、そのハープは？」

「僕の夢…立派な、吟遊詩人に為りたかったんだ。でも、もう……聞かせたかった人は、居ないんだ。だから…、もう」

「ならばそのハープを俺が頂こう」

「え？」

「その代わり、お前に生きる術を教える。」

「え、でも、だって…」

その人は、次の瞬間には笑って。

「お前の夢を俺が貰おう、代わりに俺は、お前を生かしてやる。嫌か？」

その人の、笑顔がとても、優しく見えて、次の瞬間には、彼にしがみついて、泣きじゃくったのを覚えている。

「…ねぇ、先生」

「なんだ、まだ先生なんて呼ぶのか。お前は」

「…自分の不幸を望んで、他人が幸せになって欲しいと思うのは、罪なんですか？」

「……は？」

「真面目に質問してるんですが」

「…それは…そうだなぁ。　俺は、皆が幸せに為ればいいと思うぞ」

「でも　そんなの、出来ないじゃないですか。」

「…なら、為るべくそうなる様に、努力すれば良いだろう」

「そんなの、欺瞞ですよ…」

「けど、其れが俺の真実だ」

「…」

ぽむ、と頭をなでられて、その手の温もりが、とても心地良かったのを覚えている。

「じゃあ、俺は、仕事が在るんでな。　行ってくる」

「いってらっしゃい　と……先生」

「あぁ　じゃぁな」

其れが、自分の２回目の家族との別れだった。

先生の亡骸は、死んだはずなのに、何故か笑っていて。

先生の仕事仲間が教えてくれた。先生は、依頼人を守って死んだのだ、先生らしい、死に方だったと。

覚悟はしていた、けど、やはり、納得はいかないものだ。

「先生、皆が幸せになれば、其れで良いって言ったじゃないですか…。僕、全然幸せじゃ…ないよ？」

「ねぇ、先生。いつもみたいに、頭を撫でてよ…。　と…　う　さん　　　　　父さんっ！　────！！」

其の日から一人きりの生活が始まった。

勿論、村に知り合いもいたし、村に留まれば、ずっと楽に生きていけただろう。

けど、父さんとの思い出の詰まった村に居るのが、其の時は辛くて。

僕は村を後にした。